看護教育

臨地実習の評価は、なぜハラスメントの訴えになりやすいのか

単位認定とハラスメントを切り分けるための実務

公開日:2026年8月19日 執筆:小野 純也(博士・医学)

臨地実習の評価をめぐって、学生や家族から「ハラスメントだ」という訴えが上がる。看護師等養成所では珍しくない場面です。教員の側からすれば、基準に達していないから不合格にしただけであり、納得しがたい。しかしこの構図は、教員個人の力量とは別のところから生まれています。本稿では、なぜ臨地実習の評価が訴えになりやすいのかを構造から整理し、単位認定とハラスメントを切り分けるための実務を述べます。

SUMMARY

結論:切り分ける、ただし切り捨てない

臨地実習の評価に関する訴えへの向き合い方は、二段構えになります。

  • 単位認定の当否 ─ 実習要綱と評価根拠の資料で説明する。学生や家族の要求に迎合して認定してはならない
  • ハラスメントの有無 ─ 単位認定とは切り離し、修学環境を害する言動があったかという観点で調べる

この二つを混ぜると、対応が破綻します。単位を認めるか否かの話に引きずられて言動の検証を怠るか、逆に訴えに押されて評価を曲げるか、どちらかに倒れるからです。

そして最も見落とされやすいのが、第5節で述べる論点です。学生が納得していない状態で自己評価を書き直させる行為が、それ自体ハラスメントと評価されうるという点です。

THE STRUCTURE

なぜ臨地実習で起きやすいのか

日本看護学校協議会が厚生労働省の令和5年度看護職員確保対策特別事業として取りまとめた『看護師等養成所におけるハラスメント対応事例収集事業 報告書』(令和6年3月)は、看護師等養成所がハラスメント問題の生じやすい環境にある理由を整理しています。要旨は次のとおりです。

1安全に直結する資格教育であること

看護は人の身体・生命に直結する業務です。国家試験に合格しうる知識と技術の修得が求められるため、他の教育現場に比べて長時間にわたる厳しい指導と評価が行われやすい構造があります。

2少人数・密接な関係で行われること

看護技術の指導や臨地実習では、少人数で密な関わりが生じ、身体的な接触の機会も多くなります。関係が近いぶん、言動の受け取られ方も鋭くなります。

3評価に画一的な正解を示しにくいこと

臨地実習の評価は、筆記試験のように点数で割り切れません。そのため、学生の側から恣意的な評価だと受け取られる可能性が構造的に残ります。

4価値観に関わる領域を扱うこと

医療倫理・看護倫理は人の生死に関わります。人生経験の途上にある学生にとって理解が容易ではなく、教職員の価値観を一方的に押し付けられたと受け止められることもあります。

つまり、臨地実習の評価をめぐる摩擦は、教員個人の資質の問題に還元できません。この前提に立たないと、対応が「誰が悪いか」の話に流れてしまいます。

THE PRINCIPLE

原則:単位認定とハラスメントは別問題

報告書は、評価・単位認定に関してハラスメントの訴えがあったとしても、両者は区別して扱うのが原則だとしています。単位認定そのものがハラスメントの内容であることが明らかな場合を除き、学生が単位認定可能な水準に達していないのに、要求に応じて認定することがあってはならないという整理です。

単位認定に対するクレームに対しては、臨地実習要綱その他の評価の基礎となった客観的資料を示して判断の正当性を説明すれば足り、ハラスメントについては改めて修学環境整備の観点から調査・改善策を検討する旨を伝えて理解を求める、という二段構えが示されています。

報告書はまた、実習科目の履修について次のように判示した裁判例(東京地方裁判所 平成26年4月17日判決)に触れています。学生は自らの知識を用いて担当患者の日常生活をどう支援するかを自発的に考察し実践することが期待されるのであって、個別の場面で担当教員から具体的な指示を受けることまでは予定されていない、という趣旨です。

この判示は、「具体的に教えてもらえなかった」という訴えが、直ちに指導義務違反にはならないことを示すものとして参照できます。

THE CAVEAT

それでも「別問題」で終わらせてはいけない

ここで止まると、対応を誤ります。原則の確認は出発点であって、結論ではありません。

結果ではなく、言動を見る

報告書は、原級留置や退学は結果にすぎず、ハラスメント調査は修学環境を害するような言動があったかという観点で行うものだとしています。基準を満たさず単位を修得できずに原級留置となること自体は、ハラスメントには当たりません。

しかし同時に、指導の過程で発せられた言葉は別に検証されます。報告書が扱う事例では、補講の場で発せられたとされる「出来の悪い生徒を集めた」といった言葉について、状況によっては人格非難と評価される可能性があり、発言の有無や背景を丁寧に確認することが望ましいとされています。

数字が示すことがある

もう一点、重い指摘があります。進級できた学生に比べて原級留置となった学生の退学割合が高くなること自体には、やむを得ない側面があります。ただし報告書は、他の養成所に比べて恒常的に原級留置者が多い、あるいは原級留置となった学生が全員退学に至っているといった事実があるならば、指導が適切であったか否かにかかわらず、教育・指導方法の見直しを検討することが望まれるとしています。

個別の事案では説明がついても、集計すると別のことが見える場合があるということです。自校の原級留置者と退学者の推移を把握しているか。これは自己点検・自己評価の観点からも確認しておきたい点です。

THE BLIND SPOT

自己評価の訂正が、ハラスメントになりうる

ここが本稿で最も伝えたい論点です。

臨地実習では、学生自身に評価基準に基づいて自己評価をさせ、教員と面談する方法が広く行われています。報告書もこれを有効な手段として挙げています。中間評価を学生に行わせたうえで面談すれば、教員の求める水準が学生側に伝わり、教育効果とクレーム防止の双方に資するという整理です。

ただし、そこに条件が付されています。

学生が自らの問題点を理解して自己評価を書き直すのであれば、それは教育効果の一環と捉えられます。しかし学生側が納得していない場合には、自己評価を訂正させること自体がハラスメントと評価されるおそれがあるとされています。

この区別は繊細です。面談の場で、学生が「はい、わかりました」と答えて自己評価を書き直したとします。表面上は同じ行為ですが、

  • 学生が自分の課題を理解したうえで書き直した → 教育
  • 納得しないまま、その場を収めるために書き直した → 訴えの火種

後者になっていないかを、面談の場で確かめる必要があります。報告書も、面談において教員側の視点のみを押しつけることがあってはならないと明記しています。

実務的には、面談で学生の言い分を先に聴く、書き直しを求める前に評価基準のどの部分に達していないのかを具体的に示す、その場で結論を出さず考える時間を置く、といった手順が考えられます。「納得しましたか」と尋ねて「はい」と答えさせることは、納得の確認にはなりません。

OFF-CAMPUS

実習指導者の言動が訴えられたとき

臨地実習には、養成所の指揮命令が直接及ばない領域があります。実習施設の実習指導者による言動が訴えられた場合、対応の勘所が変わります。

「暴言を受けた」は事実ではなく評価である

報告書は、暴言という言葉が受け手側の評価を含んでいることを指摘し、次の各点を一つひとつ丁寧に確認する必要があるとしています。

CONFIRM いつ/どこで/誰が/誰に対して

場面の特定

CONFIRM どのような場面で/どのような言葉を

発言内容の特定

CONFIRM どのくらいの時間にわたって

継続性・程度の把握

事実確認は本人に行う

家族から相談が入ることは少なくありませんが、報告書は家族は体験した当事者ではないことから、事実確認は学生本人に行うのが原則だとしています。体調等で面談が難しい場合には、書面での報告を求めることも検討されるとよい、とされています。

当該学生だけの問題として扱わない

実習施設の受入れ体制や実習指導者の指導方法は、その学生一人に限った問題ではありません。報告書は他の学生などからも情報を収集することを求め、問題行為が確認された場合には、養成所から実習施設に対して改善を要望することも検討事項として挙げています。

あわせて、学生には実習施設を個人の意向で変更できないことをあらかじめ説明したうえで、不快な事案が生じた場合に相談できる場と支援の体制を整えて周知しておくことが挙げられています。説明だけして受け皿がなければ、学生は行き場を失います。

CONFLICTING DUTIES

合理的配慮と安全配慮義務が衝突するとき

ここまでは、評価の妥当性と言動の適否という軸で述べてきました。しかし臨地実習には、もう一つ別の難所があります。配慮を要する学生の実習参加をどう判断するかという問題です。

三つの義務が同時に働いている

看護師等養成所は、次の三つを同時に負っています。

1学生への合理的配慮

障害者差別解消法(平成25年法律第65号)は、令和3年の改正により令和6年4月1日から、事業者による合理的配慮の提供が努力義務から法的義務になりました。障害のある人から社会的障壁の除去を求める意思の表明があった場合に、過重な負担でない範囲で必要かつ合理的な配慮を講じることが求められます。

2学生への安全配慮

労働契約法第5条の安全配慮義務は労働者を対象とするもので、学生に直接適用されるものではありません。もっとも、学校は在学契約に付随する信義則上の義務として、学生の生命・身体の安全に配慮すべき立場にあると解されています。

3患者の安全

臨地実習には患者が存在します。これが看護教育に固有の事情です。一般の教育現場と違い、判断の影響が学生本人にとどまりません。

この三つは、多くの場面で両立します。しかし実習参加の可否を判断する場面では、正面から衝突しうるのです。

報告書の事例が示すもの

報告書には、次のような事例が収められています。膝の手術を受けた学生が、実習の直前には日常生活で歩行可能になっていた。教員は、保育園での実習では幼児に対してしゃがんで対応する場面や、危険な場面でとっさに動く必要があることを心配し、面談で状況を説明したうえで、実習に行くことは難しいのではないか、安全面から主治医にも確認してほしいと伝えた。学生は「はい、わかりました」と答えた。その翌日、家族から「実習に出るなと言った」「障がい者扱いした」という抗議の電話が入った、というものです。

注目したいのは、教員の判断内容それ自体は不合理ではないことです。主治医に確認を求めるのは、学生の安全にも患者の安全にも適う対応です。それでも訴えになりました。

問われているのは内容ではなく、過程である

合理的配慮の考え方の中心には「建設的対話」があります。内閣府の資料は、障害のある人と事業者等が対話を重ねて共に解決策を検討することの重要性を示し、建設的対話を一方的に拒むことは合理的配慮の提供義務違反となる可能性があると注意を促しています。

逆にいえば、対話の過程を踏むこと自体が、学校を守ることになります。先の事例を対話の観点から見ると、次の点が浮かびます。

  • 結論(実習は難しいのではないか)が先に示される形になっていた
  • 「どうすれば参加できるか」を一緒に検討する場になっていなかった
  • 教員一人が、一度の面談で伝えていた
  • 記録が残る形になっていなかった
  • 家族が場に入っていなかった

報告書が挙げる対応案も、この線に沿っています。実習参加の可否や単位取得に関わる説明は、あらかじめ書面を用いて行い、必要に応じて家族にも説明する。面談は複数の教職員で対応する。実習参加条件については早い段階で介入する。主治医の診断書を求める。いずれも、判断の内容ではなく過程を整えるための手当てです。

配慮するのは方法であって、基準ではない

もう一つ、混同されやすい論点があります。合理的配慮は無制限ではありません。文部科学省の通知においては、事業の目的・内容・機能に照らして、必要とされる範囲で本来の業務に付随するものに限られること、障害のない人との比較において同等の機会の提供を受けるためのものであること、そして事務・事業の目的・内容・機能の本質的な変更には及ばないことが示されています。

看護師等養成所にとって、本質とは何か。安全に看護を実践しうる知識と技術を修得させることです。したがって、

配慮する 到達目標に至るまでの「方法」

実習場所の調整、時間配分、記録方法、補助具の使用、休憩の確保など

下げない 到達目標そのものという「基準」

安全に実践できる水準を下げることは、合理的配慮ではない

この区別を持っていれば、「配慮したのに単位を認めないのは差別ではないか」という訴えにも、筋の通った説明ができます。基準は動かさない。しかし、方法の配慮を尽くさないまま基準未達と判断したのであれば、それは別の問題です。

なお、文部科学省が高等教育段階について示している留意点は、大学および高等専門学校を対象としたものです。専修学校である看護師等養成所に直ちに当てはまるものではありませんが、修学機会の確保、受入れ方針の情報公開、学生本人の要望に基づく調整、成績評価における配慮、支援体制の確保といった考え方は、参考になります。

実務としての最低線

  • 配慮の必要が見込まれる場合は、実習が始まる前に面談の場を持つ
  • 結論から入らず、参加を前提に何が必要かを一緒に洗い出す
  • 複数の教職員で対応し、話した内容を書面に残す
  • 医学的判断が必要な部分は、主治医の意見を求める
  • 本人の同意を得たうえで、家族にも同じ説明をする
  • 対話が平行線となった場合も、学校としての見解を書面で示す

報告書は、養成所側の認識について学生側の理解を得られるのが理想だとしつつ、平行線というのも一つの結論であると述べています。書面で見解を報告しておけば、同様の要求に対しては報告書記載のとおりと回答することも可能になる、という整理です。合意に至らないことを失敗と捉える必要はありません。

PREVENTION

事前にできること

報告書が挙げる予防的な取り組みを、実施しやすい順に整理します。

1実習前指導で、評価と単位認定の方法を繰り返し説明する

実習要綱に書いてあることと、学生に伝わっていることは別です。実習目標や到達度の評価について十分な理解を得ることが求められます。

2評価根拠を説明できる資料を整える

自己評価と単位認定が大きく異なる場合や、不合格・再履修とする場合には、①実技の評価基準と、②当該学生がその基準を満たしていないことについて、説明できるだけの資料が必要です。恣意的な評価だという誤解を招かないための備えです。

3中間評価と面談を組み込む

終わってから評価を告げるのではなく、途中で水準を共有します。ただし第5節の条件に注意してください。

4入学初期から、学生と家族の双方に伝える

報告書は、単位認定をめぐるハラスメントの訴えが、入学すれば当然に単位を取得して卒業できるという誤解に基づくことも多いと指摘しています。時間厳守や清潔保持といった規律の意味、一定の水準を満たさなければ単位認定が得られないことを、入学初期段階から学生と家族に伝えることが挙げられています。

CLOSING

おわりに

臨地実習の評価をめぐる訴えは、教員にとって理不尽に感じられることが多い場面です。基準に達していないから不合格にした。それだけのことが、なぜハラスメントと呼ばれるのか。

しかし報告書が繰り返し述べているのは、この問題を「加害者」と「被害者」の色分けで扱わないという姿勢です。調査は懲戒のためではなく、修学環境を整えるために行う。この観点を共有できていれば、訴えが出たこと自体を、環境についての情報として受け取ることができます。

単位認定の判断は曲げない。しかし、そこに至る過程で何が起きていたかは別に見る。この二つを同時に持てるかどうかが、実務の分かれ目になります。

AUTHOR
小野 純也(Junya Ono)Ph.D.

博士(医学)。株式会社コノラボ 代表取締役。PLOS ONE Academic Editor。アカデミック・ハラスメントの撲滅を目指す非営利国際団体 Academic Parity Movement(APM)International Advisory Board Member。大学・養成所における研究倫理およびFD/SD研修の企画・登壇多数。

【利益相反の開示】本稿の執筆者は、看護専門学校向けの外部ハラスメント相談窓口サービスを提供しています。本稿は制度および公表資料の解説を目的としたものであり、特定のサービスの導入を推奨するものではありません。

REFERENCES

参考資料

本稿は、上記報告書の記述を要約・整理したものです。報告書に収録された事例は、同書によれば事実に基づくフィクションであり、示されている対応案は一つの提案とされています。実際の対応にあたっては、各事案の背景を十分に精査したうえで、報告書の原文をご確認ください。

本稿で触れた裁判例は、報告書が引用しているものです。判決の射程および個別事案への当てはめについては、法律専門家にご相談ください。

合理的配慮および安全配慮義務に関する記述は、公表されている法令・通知・資料に基づく一般的な整理です。個別の学生への対応の可否は事案ごとに判断を要しますので、必要に応じて法律専門家および所管都道府県にご相談ください。

本稿は制度および公表資料の解説であり、法的助言ではありません。

更新履歴

2026/08/19 公開

2026/08/19 第7節「合理的配慮と安全配慮義務が衝突するとき」を追加